サムライの精神が残る町、日野市

日野市は、新選組副長の土方歳三や六番隊長の井上源三郎らが生まれ育った地です。日野市にある「土方歳三資料館」や「井上源三郎資料館」には、新選組にまつわる数多くの貴重な資料が残されています。この2人に加え、近藤勇沖田総司など、後に新選組の中心となる人物が通った剣術道場も、この日野市にあります。その他の新選組の隊員の多くも、日野市と深い関わりを持っていました。

このため、日野市は、日本最後のサムライ集団「新選組」のふるさととして知られているのです。現在でも新選組にまつわるイベントが開催されており、サムライの精神が今もなお、引き継がれています。

新選組とは

1603年から1867年まで、246年間もの間、徳川将軍家が日本を統治していた時代が江戸時代です。しかし、1853年にアメリカから黒船という武装した蒸気船が来航し、 開国 を迫りました。そこから、 江戸幕府 は、他国を追い払おうとする派閥と、他国の要求を受け入れようとする派閥に分かれていきました。これを起点として、江戸幕府が弱体化していきます。京都では江戸幕府を倒そうとする 尊王攘夷派 が勢いづき、時代は混迷を極めていきました。その尊王攘夷派の動きから、治安を維持するための警護団として活躍したのが「新選組」です。『剣の技術が高ければ、身分が低いものでも新選組に加わることができる』という方針であったため、近藤勇のように、サムライになりたい若者が多く集まりました。多い時で、隊員は200人以上になったと言われています。新選組は、一番から十番までの部隊があり、それぞれの部隊には、組長がいました。実践に近い形で剣の腕を磨いていたこと、厳しい規律があったことなどによって、新選組は“最強の剣客集団”となっていきました。彼らが、江戸幕府への忠誠を誓い、それを示すために「誠」の文字をあしらった旗と衣装は、現在に至るまで「新選組」の象徴となっています。しかし、新選組の活動は実らず、1867年に江戸幕府は終焉をむかえました。それによって新選組は日本最後のサムライ集団となったのです。

世界的に人気が高いアニメ「薄桜鬼」とのコラボ

©IDEA FACTORY/DESIGN FACTORY©IF・DF/「薄桜鬼」製作委員会

「薄桜鬼」は、新選組のキャラクターが登場するアイディアファクトリー株式会社の女性向けゲームブランドオトメイトの女性向け恋愛アドベンチャーゲームです。現在は、アニメでも展開されており、日本国内だけではなく日本国外でも高い人気を誇ります。また、新選組ゆかりの地である日野市とコラボレーションしており、このWebサイトや日野市が制作した観光パンフレットにも主要キャラクターが登場しています。

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土方歳三

裕福な農家に生まれつつ、侍になることに憧れながら剣術・天然理心流を学び、新選組の副長となった人物です。

井上源三郎

近藤勇の兄弟子にあたり、新選組の六番隊組長を務めた人物です。

近藤勇

農民の出身でありながら、剣術・天然理心流を学び、新選組の局長となった人物です。

沖田総司

9歳から剣術・天然理心流を学び、その凄まじい剣の腕で、新選組の一番隊組長を務めた人物です。

江戸幕府

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芹沢鴨

近藤勇と共に新選組結成のきっかけを作った重要な人物です。

佐藤彦五郎

日野宿本陣の敷地内に道場を開き、剣術・天然理心流を後の新選組となるメンバーに伝えるという重要な役割を担った人物です。

山南敬助

剣術・北辰一刀流の使い手で、新選組の総長を務めた人物です。

天然理心流

剣術の他にも柔術や棒、槍なども用いて敵を倒す総合武術です。

開国

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尊王攘夷派

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新撰組

尊王攘夷派の動きから、治安を維持するための結成された警護団です。

ひの新選組まつり

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薄桜鬼

新選組のキャラクターが登場するアイディアファクトリー株式会社の女性向けゲームブランドオトメイトの女性向け恋愛アドベンチャーゲームです。